何気なく手にとった一冊の本。それがもし、その後の人生を大きく変えるものだったとしたら────?

本好きの友人との恋バナ

何歳になっても、恋バナをするのが好きです。昔からの知り合い同士であればなおさら、ノリが学生の頃のままだったりします。もう年齢はだいぶ過ぎているというのに、同じメンバーが集まれば、あのころにタイムスリップしたような雰囲気になるのです。
私には、ずっと付き合っている本が好きな友人たちがいます。幸いにも、私以外のメンバーも社会人になってからも本を読み続けているようです。ですから、久しぶりに会っても昔の本以外に、最近の新刊について語り合うことができます。
そんなメンバーで恋バナをすると、ある特徴があります。それは、彼氏の容姿や出来事を小説の登場人物に例えたり、エピソードに例えたりすることです。たいていは、彼氏が誰に似ているかというのは芸能人だと思うのです。小説の登場人物では、挿絵のあるライトノベルでない限り、それぞれのイメージにしかありません。けれども、私たちはその登場人物の雰囲気を共感しているのでした。「私の彼はね、あの小説の主人公っぽいイメージかな」といえば、「えぇー!カッコいいんじゃない?」「ヘビースモーカーなの?」といったような反応が出てきます。ほとんどが、こちらの言いたいことを含めてくれるので、きちんと伝わっていると思う瞬間です。共通の趣味があるからこその、ちょっと変わった会話かも知れませんね。

外出先での読書

鞄の中に必ず入っているもの。財布、携帯、鍵…そこに、文庫本も加わっている人を見ると、途端にその方のイメージが良くなります。ジャンルはなんでもいいのです、「鞄に本が入っている」ことが私にとっては大事なのです。
電車で移動中の若者が文庫本を読んでいる姿を見ると、無条件で「この子絶対いい子!」と判子を押してしまいますし、通勤中であろう年配の方がこれまた読書していると、「お仕事頑張って下さい!」と密かに応援団になっています。つまり、勝手に親近感を抱いてしまうのです。
ですが実は私、外出先で本を読むのが少し恥ずかしかったりも。自分が何かに(というか本に)集中している姿を見られるのが妙に恥ずかしいのです。誰も私のことなど気にしていないとは思うのですが。
病院での待ち時間にこそ読書はうってつけなのですが、読んでいる途中で「○○さん」と呼ばれてしまうと変に焦ってしおりを挟むことなく閉じてしまう。何度これをやってしまったことか。焦る必要も恥じる必要もないはずなのですが…
私もあの若者のようにスタイリッシュに外出先で堂々と本を開けるようになりたいものです。そして、私と同じように何故か人前で本を開くことを躊躇ってしまうような同志を少しでも勇気付けられればいいな、と、淡く心に思うのでした。

金額とは関係ない品

今まで買ったものの中で、どれが一番記憶に残っているか。それはもちろん人それぞれだと思います。金額の一番高かった物が最も記憶に残っている人もいるでしょう。貯金するのにこつこつ頑張り、欲しい物も我慢して手に入れたときの嬉しさはそれは特別な物です。その特別な買ったものが金額ではない時もあります。初めての彼に買ったプレゼントとかどうでしょうか。何が好きだろうか、何色がいいんだろうか、気に入ってもらえるだろうか、これで嫌われたりしないだろうか、きっと誰もが一度はそんなどきどきした買い物をした記憶があると思うんです。自分へ買う物は良くわかっています。あとは金銭の収支と、それが必要なのかただ欲しいだけなのかの戦いだと思うんです。私には心に残る本があります。初めて自分で稼いで買ったお金で買った本です。それまではお小遣いや、家でのお手伝いで稼いで買っていました。その本は今では黄ばんで、本の端っこの方はちょっとめくれたりしています。それでも想い出の品です。たぶんいつまでたってもそうなんだと思います。他にも記憶に残る買ったものもありますが、思い入れが強いものほど以外と金額が関係なかったりします。いつまでも大切にしていきたいものの一つです。

目上の人に対する気配りもTPOによりけり?

目上の人への気配りや言葉遣いは、いつになっても大変なものです。今思えば、子どものころ近所のおばさんや近くに住む年上のお兄さんやお姉さんに向かって、なんて失礼な態度を取っていた事だろうと思い返されます。いくつか年上のお兄さんに向かって、これちょうだい、あれちょうだい、貸して~などまったく目上に対する思いなんて微塵もありませんでした。でもそれは子どもだから許せる事。ある意味、それぐらいでもかわいいと思えるので子どもって得ですね。でもありがとうやごめんなさいなど、要所要所ではお礼を言ったり謝ったりできるよう躾をされているご両親には感謝ですね。受ける側としてもとても気持ち良くなれます。昔近所に住んでいたご夫婦の元に女の子が生まれました。妹の様に接してきたその子が大人になって、気がついたら敬語で話かけてくれていてなんだか変な感じがしました。幼少の頃を一緒に過ごした友達は、そのままの話し方でもいいのになぁと思ったりしました。でもきっと、彼女のご両親が「失礼の無いように」とでも言って教わったんだと思います。今ではあまり連絡が無いですが、きっといい女性になっていると思います。いつかまた会って、変な気兼ね抜きで話しが出来たらいいなと思います。

日頃からの女練習

休みの日は、マニィキュアを塗ったり、いつもとは少し違うメイクをしたり、普段とは違う髪形にしたりしてみます。職場では無難な格好や髪型でしか通勤しませんよね。だから休みの日ぐらいは女を楽しもうと思っています。特に見せる人もいないんですけど、自己満足の世界だと思ってるのであまり気にしません。スーパーに行ったりコンビニに行ったり、図書館へ行ったり古本屋へ行ったりと、あまりたいしたとこには行きませんがでかける時にします。メイクやネイルもそうだけど、練習は必要ですから。予定通りの髪型や希望通りのネイルがつけたい日にできるとは限らないので、日頃から練習だと思って楽しんでます。予定していた仕上がりと全然違う髪形になったり、想い描いていたネイルの出来上がりにならないことは多々あります。でもそれが休みの日なら特に困る事もありません。時間に迫られているわけでもないし、誰かと待ち合わせをしているわけでもない。なので駄目だったらシャワーで洗うとか、ただくくっちゃうとか、リムーバーで落としちゃうとか、何でもOKです。でも今度の連休は女友達とどこかに遊びに行こうと約束しているので、今までの努力の成果を出してみようと思っています。でも時間には余裕を持って行きたいので、早いうちから準備しようと思ってます。

道端のちいさな命

昔は野原だった場所も、今ではコンクリートで埋め尽くされています。人々が遊んでいたような、思い出が詰まっていた場所が、なんだかあまりにも大きな変化を遂げて、少し寂しくなっていた時、そのコンクリートの割れたところから、小さな花が咲いているのを見つけました。ほんの小さな隙間しかないのに、数本の小さい花が顔を覗かせていました。コンクリートだから水分も無ければ、ほとんど土も無いはず・・・。それでも一生懸命咲いているのがうかがえて、ちょっと微笑んでしまいました。そういえば、どっかの本で読んだ事があります。岩山とかでも花が咲くのは、割れ目や小さなくぼみに、風に乗ってきて溜まった土や砂埃などをベースに、更に風に乗ってきた胞子や種から、空気中の水分を得て花を咲かせる事があると。きっとこの花もそうなんだろうと思いました。でも、ほんとに小さいし、このままだと踏まれてしまいそう。かといって移す事もできないし・・・。とりあえず、見守ろうと思います(笑)。何もできませんが。雨が降れば十分な水分は確保できるだろうけど、根を広げるスペースがなさそうなので、大きくなるのは無理そうです。都会化していく街中でみつけた、気をつけなければ見過ごしてしまうような小さな自然ですが、大事にしたいと思います。

わんさか雨降り、どうすごすか

先週の私の折角のお休み。朝からわんさか雨が降っておりました。自転車にでものって、どこかへふらふら出かけようと思っていたのですが、さすがに雨の中ではめんどくさく、自宅待機にしました。朝はたっぷり時間があるので、普段は作らないフレンチトーストなんかを作ってみました。作り方があいまいだったので、この前見つけたレシピが載っている雑誌を探し出して、いそいそ作り始めました。なんだかちょっとリッチな感じですね。自分のためだけに「フレンチトースト」を作るなんて。豆を挽いたコーヒーをいれ、おいしい朝ごはんタイムを過ごしました。普段観れないお昼のテレビに目を通して、一人で笑ったり、最近買ったまだ読んでない月刊誌を読んだり、ネットでオークションを見てみたり、家にいても結構いろいろ楽しい時間が過ごせました。夕方を過ぎた頃雨が上がり、ふらふらと表へ。この時間だったら、スーパーのお弁当とかお惣菜が安くなっているかも思い立ち寄ってみました。握りずしのパックと、おつまみセットみたいなのが安くなってて、晩御飯はお手軽に、兼美味しく済ませようと決定。コンビニに立ち寄ってデザートを物色したりして、帰りました。・・・わんさか雨の日でしたが、一日終わってみると、結構充実した一日になったような気がします。

結果は早く知りたい、けどもったいない

読みかけの大好きな本。先が気になって早く読みたいんだけど、終わってしまうのがもったいない気がして読むのを止めてしまいたくなる、何てことありませんか?面白ければ面白いほど先が気になる、この物語の犯人は誰なんだろう、この道の先には何があるんだろう、この二人の明日はどうなっているんだろう、あの赤い石を拾うとどうなるんだろうと、どの分野の本を読んでも先が気になるようになっています。それが本なんだけど、物語の山に来ると先にどんどん進みたい、早く結果を知りたいと思うのが読書好きな人にはたまらない思いですよね。テレビのドラマみたいに、一週間待たないと続きがわからないわけではなく、ひたすら読み続けていれば数時間後には結果がわかってしまう事が出来るのが読書のいいところです。でも、この感動とわくわくから数時間で解き放たれてしまうかと思うとそれももったいない。もっと引き伸ばして、わくわくどきどきを長引かせるのはドラマのいいところですね。おもしろい本を読むと、このどきどきを引き伸ばしたいけど早く続きが知りたいと葛藤する事があります。結局その葛藤に負けて先へ先へと読み進んでいくのがほとんどですが、結果を知った時のあの納得感はたまりません。今読みかけの本も、あっという間に読んでしまいそうです。

手首を回すといいことがある?

先日、ヨガに出ていて勉強になったことがあります。いつも何かしら勉強になるのですが、先日教えていただいたことは心から「へーっ」と思ったことなのです。それは、手首を回すと首のコリが取れる、というものでした。もしかしたら、そんなに感心したのは自分だけだったのかもしれません。でも、首を回して首のコリが取れるというのは分かりますが、手首を回すと首のコリが取れるなんて不思議だ、と心底感心してしまったのです。考えてみれば手首と首はつながっているので、手首を動かせば血行やリンパの流れがよくなって、首の血流やリンパの流れもよくなる、ということなのですから、それほど不思議ではないですね。それでも、首を動かさずに手首だけを動かして首が楽になるなんて、やっぱり不思議です。人間の体は神秘ですね。
そんなことを知ってうれしくなった私は、それから常に手首を回しています。手首を回していると、腕のコリが取れるような気はします。でも、肝心の首は…楽になっているような気もするし、そうでもないような気もします。それでも手首を回すと首は楽になる、と信じて今日も手首を一生懸命回そうと思います。それより首のストレッチをした方が早いかもしれないのですが。

船の本が大好きな父親

父親と買い物に出かけた時、本屋さんに行きたいと言うので、意外に思いながら本屋さんへと足を運びました。父親が本好きとは知らなかったのです。しかも、本屋さんにいる時間も長いのです。自分も本屋さんにいる時間が短くはありませんが、それより長かったのではないでしょうか。そんな長い時間、何の本を読んでいるのかと思ったら、船の本でした。
船の本、というと子どもが見る船の絵本しか頭に浮かびませんが、どうやら戦艦の本のようです。写真もふんだんに掲載されている本で、DVDも附属で付いています。それから毎月、本屋さんに行く度に戦艦の本を探して買ってくるようになりました。以前から車好きなのは知っていましたが、戦艦も好きだったとは。そういえば、10年くらい前に、戦艦がテーマになった映画を観に行ったことがありました。その頃から好きだったのですね。
最近の父親は、夜は寝る前に必ずといっていいほど、戦艦の本を開き、真剣に読んでいます。お茶を飲むのも忘れるほど熱中しています。「そんなに暗い所で読むと目が悪くなるよ」と言うと「もう、目はこれ以上悪くならないから大丈夫」などと言いながら、読んでいます。そして、その傍らで母親はレディースコミックを読んでいます。
他人が本に熱中している姿はいいものです。

たまには全く違う畑の作品を読みたいな~・・・なんて、ぼんやり思っていても中々実行できなくないですか?自分じゃ中々きっかけって作れないから、たくさんの小説の中から他の読者のおすすめコメントを参考に選ぶっていうやり方を取り入れています。いつもの自分基準じゃ読もうとしないだろうなっていう作品にもチャレンジ!そこから面白いほど世界が広がって、また楽しみ方が増えています。